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遠州七天狗について&所在地

遠州七天狗について&所在地

※2020年8月10日に公開した記事ですが、リライト記事に必要な文言等を追記、その他の部分も修正して2026年6月10日に再度公開しました。

浜松三代天狗の画像

遠州地方(静岡県西部)に伝わる7つの天狗信仰のお話を簡単にまとめた記事です。

秋葉信仰の総本山である秋葉山を守る「三尺坊(さんしゃくぼう)」をはじめ、名高い天狗達が住む場所をマッピング。

機会があれば、記事を片手にゆったりまわってみてください。全部回る頃には天狗があなたの味方になってくれるかもですね。

ぼくも七天狗にいれてほしいけど
てんぐちゃん
てんぐちゃん

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遠州七天狗の分布

<遠州七天狗一覧>
・秋葉山三尺坊 @秋葉山
・奥山半僧坊 @方広寺
・大日山繁昌坊 @金剛院
・小笠山三広坊(三仭坊大権現) @大乗院
・春埜山太白坊 @大光寺
・光明山笠鋒坊 @光明寺
・雲林寺思案坊 @雲林寺

 

それぞれの天狗について

簡単にではあるが、ざっくりと紹介。
※順不動

秋葉山三尺坊 @秋葉山

天狗番付「東前頭4枚目」。日本48天狗の36番目。
京都は愛宕山と並ぶ、日本の2大火坊せの大天狗のうち一坊。
もともとは、信濃戸隠生まれの修験者。
4歳の時に越後国栃尾、蔵王堂に出家。12坊の1つ「三尺坊」を本拠とし修行。
806年(28才)、「不動三昧の法」を会得し、羽が生え飛行自在に。
809年、白狐にのる移動し、秋葉山を安住の地とする。

<秋葉山について>
養老2年、(718年)行基が開山。
もともとは、真言系の修験道場。本尊を「聖観世音菩薩」とし、「大登山霊雲院」という称す。
809年、三若坊が越後から秋葉山に降りた時、山頂脇の井戸にいた蟇(ひきがえる)の背に「秋葉」文字が浮かび「秋葉寺」と改める。
戦国末期、に衰退し、可睡斎と家康の力で再建できたが、可睡斎と同じ曹洞宗に改宗。

<場所>

奥山半僧坊 @方広寺

天狗番付「東前頭21枚目」。1371年出現。

方広寺の開祖である無文元選禅師が中国より船にて帰国のさい嵐に遭遇。
法衣を着て袈裟をまとった、鼻が高く眼光鋭い一人の異人が現れ、船頭を指揮し、水夫を励まし、無事に嵐の海を渡って博多の港に導く。 引用|方広寺さんのwebサイト

<もう一説>
もともと秋葉山に住んでいた天狗。明治初期「廃仏毀釈」の被害で、秋葉山の天狗達は大挙して方広寺のある山へ引っ越す。方広寺も受け入れ、僧と同じように炊事の役目を与え、僧侶の修行もさせた。
明治14年の山火事にて、天狗達が火を消したことで「半僧坊天狗」の霊験人気がでる。

<半僧坊大権現のご利益>
厄難消滅・海上安全・火災消除・所願満足

半僧坊大権現の御開帳は15年毎。
民俗学者である山中共古著「影守雑記」にて半僧坊について書かれてるとのことなので要チェックしたい。

半僧坊信仰は明治10年頃から盛んになり、十年余りで全国屈指の大天狗となり、鎌倉五山の筆頭「建長寺」にも勧請。 引用|遠州天狗列伝

<奥山方広寺とその場所>
1371年、無文元選禅師(むもんげんせんぜんじ)により開山。

大日山繁昌坊 @金剛院

天狗番付「東前頭38枚目」

726年に出現。
大日山の一護法神。大日山を守る天狗である。
護符を見ると、稲穂を加えた天孤にのる烏天狗。

繁昌坊を祀る祠は本堂横の一段高い場所にある。
「きゅうり封じ」という夏の神事のさい、本堂の御本尊の横に安置される。

<大日山金剛院について>
行基が養老2年(717年)に立ち寄り大日如来を安置したのが信仰のはじめ。
現在は、真言宗御室派の寺。江戸時代に最も栄えた。

山門が見応えあり。
瓦葺き(かわらぶき)で、骨組みを下から覗ける。門内に立派な仁王像を安置。

角堂に「歓喜天」を祀る。
6月1日に、ごま油をかける「浴油の作法」という祈祷をする。

<場所>
〒437-0208 静岡県周智郡森町三倉2308

春埜山太白坊 @大光寺

狼(山犬)を従え、人々を病や災いから守る“山の守護天狗”「太白坊(たはくぼう)」
春埜山に住み、大光寺の本尊である三尊天を守護する。
眷属である狼を派遣し、祈願成就を助ける天狗。

<姿>
護符を見るに、山犬に乗る不動明王のような鴉天狗。右手に剣を持つ。
奈良時代 718年(養老2年)、開山とともに出現。

<春埜山大光寺(曹洞宗)について>
奈良時代 718年(養老2年)、行基が訪れたのち開山。
大光寺は、「お犬様」と呼ばれる神仏混交の修験の山である。奥の院は山住神社。
狛犬が狼で、修験道の狼信仰の山であったのだとか。

<場所>
〒437-0612 静岡県浜松市天竜区春野町花島22−1

光明山笠鋒坊 @光明寺

奈良時代の養老元年(717年)に行基が開山した後、お寺を任せられた最傳(さいでん)が修行をし烏天狗となったのが「笠鋒坊(りほうぼう)」。
「光明山を守る」と告げ、雲に隠れて何処へか去る。

<伝承>
天平9年(737年)。遠江の国司草壁王子の天竜川の大蛇退治に、笠鋒坊権現を参る。七十五膳を献じ、萬願成就。
遠州地方のいくつかの寺院に伝わる七十五膳の御神事の根元。十月の最終土曜日の大祭の夜行われる。

<光明寺について>
奈良時代の養老元年(717年)に行基が開山。元所在地とは異なる光明山(標高540m)にあった。
昭和6年(1931年)の火災で焼失し、元所在地に移設。古来より山岳霊場として知られていた。
秋葉山が「火の神」。光明山が「水の神」として信仰を集め、両参りのカルチャーがあった。

<場所>

小笠山三廣坊(大乗院三仭坊) @大乗院

元は小笠山を守っていた天狗。
現在は一番弟子「多分天狗」に任せ、磐田は大乗院三仭坊にて祀られる。
言葉を巧みに操る。

<姿>
天孤に乗る烏天狗。右手に剣を左手に龍索を持ち、羽と炎をまとう。

観世音菩薩あるいは不動明王の変化身、 また修験山伏が神格化した姿だとも言われている。」

出典|大乗院三仭坊さんのwebサイト

知切光歳の天狗列伝でも出所不明とのこと。いろいろな可能性が考えられる。
三廣坊の爪が入瀬にありらしいので行ってみたい。

三廣坊を尋ねるなら、もともといた小笠山と一番弟子の祀られる多分天神社もあわせて行くのもgood。

<お寺について>
真言宗醍醐派の寺院で、当山派修験道の祈祷道場。

<場所>
〒438-0078 静岡県磐田市中泉1丁目10−6

雲林寺思案坊 @雲林寺

もともとは信濃からきた旅の僧。
弥勒菩薩(みろくぼさつ)を迎えるために天狗となる。人間の頃から「思案しよう」が口癖。
烏天狗だけど不動明王に見えるらしい。

<場所>
〒437-0223 静岡県周智郡森町中川43−2

最後に

天狗研究の一角である知切光歳氏も「なんで遠州にこんなたくさん天狗かいるのかわからない。」とのことなので、引き続き楽しくゆるりと調べていきたいと思います。
小さいことでも何か面白そうな情報ご共有いただけますとうれしいです^^

ぼくも連れてってんぐよ!
てんぐちゃん
てんぐちゃん

最後までお読み頂きありがとうございました!

 

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